【阿波正藍しじら織】たゆたう水の都にて出でた藍 【徳島県 徳島市】

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水都に息づく踊る心・織る誇り

徳島県徳島市は、1585年に徳島城が築かれて以来、城下町として栄えてきました。東に紀伊水道、南に緑豊かな山々が広がり、年間を通して温暖で過ごしやすいため、観光地としても人気があります。
市のシンボルとも言える眉山の頂からは、市内はもちろんのこと、晴れた日には淡路島や紀伊山地が見渡せます。標高290mから望む景観の美しさは言うまでもありません。
とはいえ、徳島市といえば「阿波踊り」を思い出す人が多いのではないでしょうか。
毎年8月11日から15日までの間、国内外から100万人以上の観光客が訪れ大いに盛り上がります。人々が軽やかに、そして力強く踊る光景は圧巻です。
徳島市は緑の多いまちですが、吉野川をはじめとする134本の河川が流れる水都でもあります。その清く深い流れを思わせる藍を用いた伝統工芸品が、今回ご紹介する「阿波正藍しじら織」です。

偶然から生まれた美

阿波正藍しじら織は、1866年、阿波国名東郡安宅村(現在の徳島県安宅)に暮らす、ひとりの女性のひらめきに端を発します。
女性の名は海部ハナ。25歳で徳島市安宅町の海部家に嫁いだハナは幼い頃から機織りが得意で、農業のかたわら家計を支えるべく織物を続けていました。
ある日、ハナが庶民に人気の「たたえ縞」という木綿織物を干していると、急な雨が降り出します。
慌てて取り込んだものの、生地は雨に濡れて縮んでしまいました。そこでハナの目に映ったのは、生地に浮かび上がる凸凹。その美しさに魅せられたハナは「この風合いを活かして新しい木綿織物が作れるかも」とひらめきます。
ハナは試行錯誤の末、経糸(織物のタテになる糸)の張力差を巧みに利用して、シボ(凸凹)を作り出す技法を確立しました。
こうして誕生した「しじら織り」は、軽くて涼しく、しかも安価と三拍子揃った織物として阿波国に広まっていきました。

阿波の藍が創りだす豊かなかたち

しかし、しじら織りの物語はここで終わりません。
当時、阿波国の藩主・蜂須賀氏は藍染めに使う阿波藍の栽培を奨励。阿波国は全国の約四分の一の藍を生産し、その品質の高さは有名でした。
この阿波藍が、しじら織に深みのある藍色をもたらし、その美しさをさらに際立たせたのです。
実用性、そして深い藍色が独特の風合いと溶け合い生まれる美しさ。この二つの魅力を兼ね備えたしじら織りは、藍の生産が減少していった後も人々に愛され続け、1978年に国の伝統工芸品に指定されました。
今や、徳島県を代表する伝統産業としての確かな地位を築いています。
現代の阿波正藍しじら織は、工芸品としての位置づけを超えてさまざまな場面で活用されています。
「ジャパンブルー」と呼ばれる鮮やかな藍色は、夏の着物や浴衣、シャツなどの生地としてだけではなく、暖簾、タペストリー、テーブルセンターなどインテリアとしても人気です。

ジャパンブルーが生まれるまで

阿波正藍しじら織は「シボ」という凸凹が一番の特徴です。
独特の優しく素朴な織物は、どのようにして生まれるのでしょうか。その過程をご紹介します。
まず、綛上げ(かせあげ)をおこないます。綛とは、糸をまとめて輪の状態にしたものです。「綛上げ枠」と呼ばれる機械を使って、糸を管に巻き付けておくと染色しやすくなります。
次に、綛を専用の窯に入れて藍色に染めていきます。使うのは天然の藍と化学染料です。藍に浸ける時間が長いほど、色は濃さと深さを増します。
糸を染め上げたら水洗いです。阿波藍は、何度も水洗いをすることで本来の色に近付いていきます。洗い終えた糸は布海苔(ふのり)をつけて天日干しして空気にさらして酸化させます。酸化によって、藍がより美しく発色するからです。
染色・水洗い・天日干しは一度で終わらず、繰り返しおこなわれます。
次は糸繰(いとくり)です。染め上がった綛(かせ)を丁寧に糸枠に巻き、機織の準備を整えていきます。
さて、ここからいよいよ織る工程です。
織物は「経糸」と「緯糸」から成りますが、まず経糸を必要な本数を長さに揃えていきます。これが「整経」と呼ばれる作業です。
緯糸は「緯巻(ぬきまき)」という作業をおこないます。織る際に用いる「杼(ひ)」という道具に通す工程です。シボを作るため、経糸と緯糸の張力差を考慮して織っていきます。
織った生地はシボを出すため、お湯に漬けて縮ませます。こうしてできた生地をしっかり乾燥させたら、阿波正藍しじら織の出来上がりです。

この世にひとつだけの藍に出会う

長尾織布合名会社では、主に平日に工場見学ができます。見学コースは2つ。工場をじっくり見るコースと藍染めの体験ができるコースです。
体験コースでは、ハンカチやタオルマフラー、Tシャツなどを選んで、自分の手で藍染めにチャレンジ。世界にひとつだけのジャパンブルーを作ってみましょう。
また、オンラインショップもおすすめです。
衣類はもちろん、風呂敷やランチョンマットなどの雑貨も豊富。遠方にお住まいの方も、阿波正藍しじら織の魅力に触れることができます。
阿波友禅工場では、衣類を持ち込んでの藍染め体験が可能です。もちろん、お店で手ぬぐいやハンカチを選んで染めることもできます。
さらに、併設している店舗・藍染工芸館では、バラエティーに富んだ製品の数々が展示販売されています。シックで夜空のきらめきさえ感じさせる、藍の美しさを楽しんでください。
阿波正藍しじら織は、突然の雨とひとりの女性のひらめきが生んだ伝統工芸品です。その親しみやすさと機能性は、今もさまざまな形で私たちの暮らしを彩っています。
時代と共に新しいスタイルを取り入れながら、これからもさまざまな表情をみせてくれることでしょう。

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