【東京染小紋】江戸と現代の美意識が融合した精緻の染色【東京都 新宿区】

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新宿の豊かな川が育んだ東京染小紋

東京23区のほぼ中心に位置する、東京都新宿区。北端からは妙正寺川が、西からは神田川が流れており、その流れに沿うように新宿区域が広がっています。こうした豊かな自然環境と先進的な都市が交差する新宿区でつくられているのが、東京染小紋です。
小紋とは、極小の模様を一方向に繰り返し型染めした染め物のこと。このうち、東京でつくられる染め物を東京染小紋と呼びます。単色の生地に、0.5mmや1mmほどの点や線で小紋が描かれており、遠目には無地に見える模様が多いことが特徴です。派手を嫌い原色を廃し、さりげなさを「粋」として愛でる江戸人の気概を現代に伝える東京染小紋は、1976年、経済産業大臣により伝統的工芸品に指定されました。

染小紋は逆境の知恵から生まれた

東京染小紋は、武士の式服である裃(かみしも)から発展しました。参勤交代により江戸に出仕した大名は、衣類を江戸で調達するようになり、裃を仕立てる際に小紋染職人を江戸に呼び寄せていました。染色工程には大量の水が欠かせず、水質により染め上がりも異なります。その染工場が神田川上流の東京山の手(現在の新宿区高田馬場付近)に開設されていき、新宿の地で染色業が栄える土壌が築かれていきました。
小紋が着物地の模様として取り入れられたのは、奢侈禁止令がきっかけでした。商業の発展に伴い貧富の差が激しくなったことを背景に、武士や町人が着る物の生地や染め色まで指定されたのです。これを受けて、遠目からは無地に見えるよう、知恵を絞らせた模様が流行していったのです。良質な水と全国から集った職人、そして洗練された美意識を持つ江戸人により、細かな模様を彫り染め上げる型染めの技術が磨かれていきます。特に寛政年間以降、経済力を持った江戸町人の間に着物や羽織として流行していき、裃にはなかった新しい柄が生まれ発展していきました。

一見して無地、寄ってわかる“粋”の美

東京染小紋は、絹織物を染色用の型紙で染め上げてつくられます。型紙とは、良質の手漉き和紙を柿渋で貼り合わせた型地紙に模様を掘り抜いたもののこと。彫刻の際には錐と小刀を使います。無地に見えるほど細かな模様が品格高いとされており、細かさが極まれば3cm平方に1,000個以上の穴を彫ることもあるほどです。
色糊には生地の地色を染める地色糊と、型付けで模様を染める目色糊の2種類があります。もち粉と米ぬかを混ぜ合わせて蒸し、よく練ったものを元糊と呼びます。その元糊に染料を加え、試験染めをしながら色糊の色味を調整していきます。

繰り返す「柄合わせ」に染め師の技が光る

染めの工程では、先に模様を染めてから地色を染め上げていきます。模様を染める「型付け」の工程では、長板に白生地の反物を貼り、その上に型紙を載せてムラの出ないように目色糊を置くことで、彫り抜かれた部分だけを染めていきます。約13mの反物に対し、一枚の型紙で同じ工程を繰り返すことになるため、型をずらした際の境目が自然になるよう、手作業で慎重に柄合わせを行う必要があります。染め師の腕の見せ所であり、染めの最も重要な工程です。
型付けができたら、板に貼ったまま糊を乾かし、地色を染めていきます。生地を板から剥がし、地色糊を全体に塗布した後は、蒸箱に入れて蒸すことで、染料を生地に定着させます。地色糊で染めて蒸らし上げるこの手法は「濡れしごき」と呼ばれますが、時には地色糊ではなく染料液を刷毛で塗布する「引き染め」の手法が用いられることもあります。
蒸し上がった生地は水洗いし、糊と余分の染料を落とした後、乾燥させます。蒸気を当てて幅を均等にする「湯のし」の工程と検品を経て、完成となります。

江戸小紋と東京染小紋は何が違うか

東京染小紋の魅力は、格調高い精緻な模様と種類の多様さにあります。東京都染色工業協同組合によれば、伝統的な江戸小紋との違いは、「洗練された遊び心のあるさまざまな柄」であること。例えば、モダンな印象を与える幾何学的な小紋柄や、三角形を連続させて蛇の鱗に見立てた「鱗」の柄など、都会的な気品が漂う模様は、江戸文化を現代的に進化させた遊び心が際立ちます。
そして、反物に奥行きを与える細かな染色は、間近で見てこそ楽しめるもの。生地を返すと、裏地が白いままであることに驚くでしょう。裏地まで染料が抜けていないことは、高い染色技術の証明でもあるのです。

江戸の美意識と現代の感性で染め上げ、未来に継承する

毎年2月頃には、新宿区の落合・中井地域で、染め物がまちを彩る「染めの小道」というイベントが開催されます。妙正寺川に染めの反物がかかる「川のギャラリー」の展示では、かつて職人たちが染め物の水洗いをしていた光景を甦らせており、染め物のまちとしての新宿区を味わえるひとときになるでしょう。
新宿区早稲田に工房を構える株式会社富田染工芸のブランド「SARAKICHI」では、130年にわたり更紗や小紋を染め上げてきた伝統技術をもとに、現代的な感性でアップデートしたファッション小物がつくられています。洋服にも合うアイテムが数多く掲載されているので、一味違うお気に入りが見つけられるかもしれません。
豊かな水源を背景に、新宿で育まれた染めの伝統。新宿を巡る川が、姿を変えてもなお昔と変わらぬせせらぎを響かせるように、東京染小紋の模様もまた、江戸の美意識と現代の色を繊細に映し取り、新たな未来を描き続けています。

紡ぎ手:田口 友紀子

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