古き時代の景観が広がるまち
吉野川市は徳島県の北部、吉野川の南岸に広がる市です。2004年、4つの町村が合併して生まれました。
吉野川流域は歴史的な町並みが残り、観光客に人気です。四季折々の景観も美しく、蛍の光が舞う光景やツツジが咲き誇る様は幻想的な空間にいざなってくれます。
また、月に一度のマルシェも人々を楽しませています。「吉野川マルシェ」では、吉野川市の特産品やブランド認証商品などが揃います。また、コンサートや絵本の交換市といったイベントも催され、地域の活性化に意欲的です。
そんな吉野川市には、1300年以上の歴史を歩んできた伝統工芸品が存在します。
それが「阿波和紙」。かつて朝廷に上納していたとされる阿波和紙は、他の産業と同じく近代化の波に飲まれていきます。
時代に淘汰されるかと思われた状況を覆したのは、最後に残った紙漉き業者と周りの職人たちでした。
順調に進みゆく紙漉き産業
阿波和紙の起源は明確にされていませんが、奈良時代にまで遡るといわれています。
当時、朝廷の祭祀を取り仕切っていた忌部族(いんべぞく)が、阿波国(徳島県)に入って麻や楮を植え、紙や布を製造した記録が残されています。また、平安時代は官製紙として朝廷に献上されていたようです。
阿波和紙が発展するきっかけとなったのは、初代徳島藩主の蜂須賀家政の政策でした。1585年に入国した家政は、楮の栽培・保護を奨励し、紙漉き技術の向上にも尽力。その後2代目藩主の至鎮が農家の副業として紙づくりを奨励するなど、藩を挙げて製紙業を支援しました。その結果、阿波国の製紙業は飛躍的に成長していったのです。
江戸時代には専売制を導入し、藩札や奉書などの御用紙として阿波和紙が広く用いられるようになりました。そして明治維新を迎え、紙の需要が急激に増えたことから阿波和紙の生産量も増加し、ついに最盛期を迎えます。
時代がもたらす暗転と再生
しかし、大正時代になると徐々に製紙業にかげりが見え始めます。
西洋文化の流入であらゆる産業が打撃を受けることとなり、阿波和紙の生産も例外ではありませんでした。
機械化による大量生産が推し進められた結果、手漉き和紙の需要は減少し、紙漉き業者の多くが廃業に追い込まれました。1911年に222軒だった業者が1921年には159軒、1928年には40軒となり、現在の専業業者は1社のみとなっています。
この1軒が藤森家です。
藤森家は1952年に富士製紙企業組合として法人化し、阿波和紙の生産を続けました。
阿波和紙の伝統を守る人々の努力が実り、伝統工芸品として認められたのは1976年のことです。
1989年には阿波和紙伝統産業会館が設立され、国内外のアーティストたちの作品制作を支援する場となりました。
最後の作り手である藤森家は、阿波和紙の生産技術やものづくりの精神を継承する立役者となったのです。現在は「アワガミファクトリー」というブランド名を冠し、海外でも高い評価を得ています。
阿波和紙の製造工程
阿波和紙は、半紙や障子紙だけでなく、インテリアや照明器具の一部としても用いられています。主に使われる原料は、楮・三椏・雁皮です。
さまざまな原料から成る阿波和紙ですが、ここでは楮をメインに製造工程をご紹介します。
楮は11月から12月にかけて収穫されます。皮をはいで乾燥させたら、アルカリ溶液を使って煮込みます。繊維を柔らかくし、不純物を取り除く工程です。
さらに、流水に浸してあく抜きし、取り切れない不純物をきれいに除いていきます。
次に、束になっている繊維を一本ずつばらばらにする打解に進みます。以前は手作業でしたが、現在は動力臼を使うのが一般的です。
ここから紙漉きの工程に入ります。紙漉きは簀桁全体に繊維を均一に広げる「掛け流し」に始まり、紙の厚さを調整する「調子」を経て、余分な水と繊維を捨てる「捨て水」の3工程からなります。
漉き上がった紙は湿っているため、重ねて一晩脱水したのち、天日干しや乾燥機などで乾かさなければなりません。こうしてできた和紙は、用途に応じていろいろな加工が施されます。
多様な阿波和紙のすがた
今日まで続く阿波和紙ですが、古くから伝わる製法はそのままに、現代のスタイルに応じられるよう、新しい取り組みが日々進められています。
インクジェットプリンターで印刷できるものや、ランプシェードなど照明器具に用いられるものなど、日常的に使える商品の開発や、ビジティング・アーティストプログラムと呼ばれる国内外のアーティスト支援などです。
開発だけでなく、販売の面も充実しています。
アワガミファクトリーオンラインストアでは、書画に使う紙のほか、文具や雑貨を販売しています。ラッピング用紙で紙の優しさや温もりをプレゼントに添えるのも良いでしょう。
さらに、額装品や掛け軸の制作、名刺印刷など、さまざまなニーズに応えるサービス展開も魅力的です。
あるねっと徳島のオンラインストアは、阿波和紙のひとつ「拝宮和紙」を使ったしおりを扱っています。阿波踊りの絵が淡い墨で上品に描かれており、お土産にぴったりです。
西洋の技術に押されて一旦は衰退した阿波和紙の生産ですが、たった一戸残った担い手と、支えとなった紙漉き職人たちの力が今日の阿波和紙の形を作り上げました。
今や海外にも名をとどろかせている阿波和紙の強さと温もりのある風合いが、今後も人々を魅了していくのでしょう。その歩みが続くよう、今日も職人たちの手は優しく紙を漉きあげるのです。
紡ぎ手:佐藤 恵美