【土佐打刃物】戦いの中であがった刃の産声【高知県 香美市】

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木々のもたらす安らぎに包まれるまち

香美市は高知県の東北にあり、約88%を山林が占める緑豊かなまちです。四国山地の南嶺から、高知平野にかけての物部川中流域が含まれています。
2006年に土佐山田町・香北町・物部村が合併して生まれた市で「町・里・山」と3通りの暮らしが選べるまちでもあります。
土佐山田町は生活に必要な施設や機関が揃い「町暮らし」ができる地域です。香北町は、「里山暮らし」。国際的な人材育成を目的とする、バカロレア教育を実践する大宮小学校があり、子育て世代に人気です。さらに物部町は、ゆずの出荷量で日本一を誇る地域。美しい水と空気に包まれた生活が送れる「山暮らし」がしたい人が集います。
観光地としては、日本三大鍾乳洞の一つ、2019年にリニューアルオープンした龍河洞や、やなせたかし記念館(2025年3月28日まで改修工事のため休館)などが有名です。
龍河洞は洞窟の探検も面白いですが、博物館やショップが併設されており、幅広い年代の方々が楽しめるスポットとなっています。その中にある「岡本光三郎商店」というお店で扱っているのが、1998年に伝統工芸品として指定された「土佐打刃物」です。戦乱の世で生まれた匠の品は、どのようにして現代に受け継がれてきたのでしょうか。

戦乱の世が求めた刃物の量産と技術の成長

土佐打刃物の起こりは鎌倉時代も後期の1306年、大和国(現在の奈良県)から移住した刀鍛冶の五郎左衛門吉光派が、土佐国(高知県)で武具や刀剣を鍛造したのが始まりとされています。戦いが絶えぬ時代、武器や防具の需要は留まるところを知らず、織田信長と石山本願寺の戦いが集結する1580年まで、五郎左衛門吉光派の勢いが衰えることはありませんでした。「長宗我部地検帳」では、1590年の時点で399軒の鍛冶屋がいたと記録されています。
さて、香美市の土佐山田町は、土佐打刃物発祥の地とされています。この呼び名は、長宗我部氏第21代当主・長宗我部元親の行動が由来です。
1590年、時の関白豊臣秀吉による小田原征伐。元親はこの戦いに長宗我部水軍と共に参戦したのち、刀鍛冶を連れ帰り、土佐山田町に住まわせたといいます。この刀鍛冶の存在が、のちの技術発展に大きく寄与したのです。
しかし、当時はまだ「土佐打刃物」の名はありませんでした。

改革と需要で形づくられた土佐打刃物

磨かれた刃物づくりの技術が本格的に発展し「土佐打刃物」と呼ばれるようになったのは、1621年、土佐藩による元和改革がおこなわれたのがきっかけです。
元和改革は、土佐藩の財政再建と安定を目的とした改革で、農地の面積や作物の生産力を把握するための検地や、役人の給与の見直しをはじめとする財政の立て直しなどがおこなわれました。
このとき、逼迫した状況を打開すべく、土佐藩の家老・野中兼山が新田の開発や森林の資源活用に取り組みました。そこで使用される農業・林業用の刃物が多く必要となり、その生産量や職人の技術力は格段に向上していきます。
その革新の中で生まれたのが「土佐打刃物」でした。
近年、土佐打刃物は農業や林業はもちろん、アウトドア用品としての需要が高まっています。海外からの注文もあり、広くその品質と技術が知れ渡ることとなりました。
鍛冶屋トヨクニでは、キャンプや狩猟用のナイフなど、新しい市場に向けた製品開発が進められており、レーザーを利用した名入れサービスを展開しています。
また、2019年には後継者育成を目的とした「鍛冶屋創生塾」が設立され、鍛冶職人を目指す人々が研鑽を積んでいます。

望みに応じてかたちを変える自由な刃

土佐打刃物は「自由鍛造」と呼ばれる製造方法で作られます。職人が高温の材料を叩き、伸ばして自在に成形する技法で、型を使わずに手作業で作り上げる手法です。
鎌・包丁・鉈・斧・鍬など、用途に応じた多様な刃物を受注生産でき、製造工程は一貫して一人の職人がおこなうのが特徴です。
ここで、土佐打刃物がどのように作られるのか見てみましょう。
土佐打刃物は、まず炭を適切な大きさに割り、鋼と鉄を熱するところから始まります。次に、刃先となる鋼を鉄で挟み込むようにして一体化させ、切れ味と耐久性を高めていきます。
刃物を火床で熱し、金床の上でベルトハンマーや槌を使って叩き、目的の形に成形します。この工程は鍛造と呼ばれ、熟練の技が光る工程です。
その後、グラインダーで荒研ぎし、研いだ刃物に泥を塗ります。この後の焼入れで、より硬度を高めるためです。
さらに焼戻しをおこない、ねばり強さを加えれば、折れにくく曲がりにくい刃物となります。最後にハンマーで全体の歪みを取り、たんねんに切れ味鋭い土研ぎ終われば、切れ味が鋭い佐打刃物の完成です。

地域と人に寄り添って息づく土佐打刃物

香美市では、毎年秋に「刃物まつり」が開催されています。土佐打刃物の展示販売や刃物研ぎの実演が行われ、ご当地グルメも楽しめるお祭りです。毎年多くの観光客や地元の人でにぎわいます。
また、迫田刃物では包丁製造の体験教室が開かれています。6時間の長丁場ですが、伝統工芸品を自らの手で作り上げる体験はそうそうできるものではありません。もちろん、難しい工程はサポートしてもらえるので安心です。小中学生のお子様には、包丁研ぎ体験もおこなわれています。
土佐打刃物屋は料理用から山仕事まで、さまざまな用途の土佐打刃物を取り扱っています。あらゆるシーンに対応できる刃物が揃っているので、サイトを覗いてみてください。
土佐打刃物は、機能性と実用性、自由度の高さが人気の伝統工芸品です。戦いが日常の時代に生まれ、香美市で脈々と受け継がれてきました。
後継者不足という深刻な課題があるものの、職人たちの想いと技術を継ぐために学び続ける人々がいるのも事実です。
刃物は暮らしを便利にしてくれる、なくてはならないものです。職人の熱と後継者候補の想いが合わさりながら、この先もさらなる進化と伝統の継承は続いていくに違いありません。

紡ぎ手:佐藤 恵美

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