愛媛のまんなかは緑と清流のまち
愛媛県伊予郡砥部町。松山市街から車で約30分のところ、愛媛県の中央にある町です。
南北に21㎞、東西に9㎞と細長い地形が特徴的で、人口は約2万人。北部は盆地で温暖なのに対し、南部は標高が高く冬は雪が積もることもあります。しかし町全体を通して見ると、住みやすい気候に恵まれたのどかな所です。
自然にあふれ、四季の変化が楽しめる砥部町は多くの窯元が集い、古くから焼き物の里として知られています。
森林の深く鮮やかな緑、透き通る清流の涼やかさ。夏には川のそばを源氏ホタルが舞い、砥部町の美しさをさらに幻想的に彩ります。恵まれた自然の中で育つ野菜やみかんも、砥部町の特色の1つです。
砥部の盆地地形が窯の立地に適しており燃料として大切な木材が手に入りやすいことから、砥部町では江戸時代より焼き物が作られていました。砥部焼は、白磁とそこに描かれる絵模様の美しさが印象的なだけでなく、非常に丈夫で日常使いに耐える堅牢さが魅力です。
ですが、現在の形になるまでには大変険しい道を歩まねばなりませんでした。
始まりは「余りもの」
砥部焼が生まれたのは江戸時代。当時の砥部は大洲藩に属していました。伊予砥の生産が盛んで、その品質の良さは全国に知られるほどでした。
伊予砥を切り出す際、多量の砥石屑が出ます。その処理は非常に労力を要するものでした。その過酷さゆえに、動員された村人達が大洲藩に対して動員の免除を訴えるほどだったといいます。
当時、伊予砥の販売を担っていたのは、大阪の砥石問屋・和泉屋治兵衛でした。和泉屋は天草の砥石が磁器の材料になると知り、伊予砥の屑石で磁器の生産を決意し大洲藩に進言。これを受けた時の藩主加藤泰候は、1775年、家臣の加藤三郎兵衛に磁器生産の創業に乗り出すよう命じました。
しかし創業にあたっては、必要な人材の選出・資金の確保が必要です。加藤三郎兵衛は豪農の門田金治に資金を出すよう指示。現場の監督者には組頭の杉野丈助を選びました。さらに肥前の長与窯から5人の陶工を呼び寄せ、五本松の上原に登り窯を築き磁器の製造が始まりました。
苦難の果てにたどり着いたかたち
磁器の製造は最初から困難を極めました。
何度試しても地肌にひびが入ります。肥前から呼ばれた陶工達は見切りをつけて去っていきました。
ひとり残された杉野丈助に救いの手を差し伸べたのは筑前の陶工・信吉です。失敗は釉薬の不良だと説き、これを受けた丈助が新しい釉薬を用いた結果、白磁器が焼き上がりました。1776年のことです。
この成功の後も技術革新が続きます。まず三秋(現在の伊予市)で釉薬の原料石が採掘できると判明し、以降安定した供給が可能となりました。
さらに1818年、これまでの磁器のかたちが変わります。五本松の向井源治が発見した川登陶石により、より白い磁器を焼成できるようになったのです。砥部焼の7割が海外へ輸出され、販売数は上昇の一途をたどりました。
その後も多くの陶工達の努力と向上心が砥部焼の価値を上げ、明治26年のシカゴ博覧会において「淡黄磁」が一等賞となるやいなや、砥部焼の名は世界中に知れ渡ることとなります。
大正末期からの不況で砥部焼の生産や販売数は減少しましたが、戦後その手仕事を高く評価したのが美術評論家の柳宗悦、陶芸家のバーナード・リーチ、浜田庄司、富本憲吉です。これに奮起した若き陶工達は、ろくろ、絵付の技術を磨いていきました。
こうしてたどり着いた現在の砥部焼。受け継がれてきた技術はそのままに、若手や女性の陶工達が感性を活かした作品が増えています。
相反する2つの魅力を持つ砥部焼
砥部焼は、どっしりとした重厚感と繊細さの2つを兼ね備えています。
白磁はまぶしい白というより、まろやかさを感じる優しい白。その上に藍で描かれた模様は凛として静謐でありながら、陶工の個性が感じられます。絵付は手描きで行われ、それゆえに温かみのある風合いが特徴的です。乗せた料理や花を一層引き立ててくれます。
主な原料は陶石。上尾峠で採掘されます。陶石を粉末にし、他の原料と混ぜて土を作ってからが形作りの始まりです。ろくろ、鋳込み型などを用いて成形し、余分な部分を削ります。
2〜3日乾燥させたら素焼き。呉須という顔料で藍色の下絵を描いたら釉薬をかけ、また焼きます。この後、藍色以外の色で絵付を行いもう一度焼いたら完成です。
お皿やお椀だけでなく、今はブローチやイヤリングなどのアクセサリーも作られています。
陶芸館 では、予約制で陶芸体験ができます。ろくろを使ったり絵付をしたり、陶芸家気分を味わえますよ。
思いがけない出会いがある「砥部焼まつり」
砥部町では、毎年4月と11月に砥部焼まつり が開催されています。
特に4月の砥部焼まつりは来場者が7万人を超える大イベントです。全ての窯元が一堂に会し、日常使いできる食器から高級品までを取り揃えて即売会が行われます。
砥部焼に魅せられた人々が県内外から集い、陶工達と会話を楽しみながらお気に入りの一品を見つけられる大変貴重なお祭りです。
3つの会場をまたぎ、即売会だけでなくチャリティーオークションや餅まきなど、数々の催しが繰り広げられます。
緑豊かな砥部の町を楽しみながら、穏やかな温もりを持つ砥部焼との出会いを楽しんでみてください。丁寧に作られた磁器が、優しい気持ちと安らぎをもたらしてくれるでしょう。
美しい自然の中で生み出され、人の手でじっくりと育ってきた砥部焼。実用性と美の共存が醸し出す魅力が薄れることはありません。
砥部焼は数多の陶工達の想いと研鑽の結晶です。先人達の技術や思想は損なわれることなく受け継がれ、これからも新しい世代へと伝えられていきます。
紡ぎ手:佐藤 恵美