数多の文化に彩られる古都
日本の古都、京都市。1200年以上の歴史を持ち、文化と伝統の香りと気品が漂うまちです。
金閣寺や銀閣寺、清水寺などの世界遺産や古い町家を擁し、国内外から多くの観光客が訪れます。
修学旅行で赴いた方も多いのではないでしょうか。
市内では鴨川や桂川のせせらぎを感じ、郊外に行けば渡月橋の光景が幻想的な嵐山など美しい自然が広がる、緑と水の恵みに満ちた場所です。
観光地と呼ぶにはいささか静謐な印象もありますが、各地から古き都を楽しみたい人々で賑わっています。
京都市と言えば、広く知られているのは祇園祭でしょうか。
毎年7月1日から31日までの一ヶ月、八坂神社で開かれるお祭りで、さまざまな神事や行事が繰り広げられます。
多くの人で賑わうため、楚々とした京都市の印象が少し変わるお祭りかもしれません。悠久の歴史と文化の息吹を感じられる特別なまち、京都には、古くから受け継がれてきた数々の伝統技術があります。今回ご紹介するのがその中のひとつ、「京鹿の子絞」です。
時勢が招き寄せた伝承の断絶
京鹿の子絞は、古くから京都に伝わる染色技術です。布を糸で括り、染め上げて独特の模様を生み出します。もともとは絞り染めの技術が日本に広まり、発展したものです。
絞り染めの技術が生まれたのはインドで、日本に伝来したのは仏教と同時期、6~7世紀と言われています。
万葉集に残された「絞り染め」の和歌がもっとも古い記録です。
絞り染めは、平安時代になると貴族がまとう衣装にも使われ、宮廷文化に彩りを添えていました。
室町時代からは「辻が花染」として普及し、度重なる技法の改良により「京鹿の子絞」が生まれました。
その地位は時とともに確かなものとなり、江戸時代に全盛期を迎えます。
しかしこの時代、京鹿の子絞のみならず、多くの文化の発展に歯止めがかかりました。幕府から奢侈(しゃし)禁止令が発令されたのです。
奢侈とは贅沢を意味します。贅沢を禁じ、倹約を奨励するための法令・命令で、わが国でも平安時代、江戸時代などにおいて、たびたび奢侈禁止令が下されていました。
この命令により、国民は着るものや食べるものを厳しく制限され、あらゆる工芸品が贅沢品とみなされ、衰退の道をたどることとなります。
西洋との交わりで拓かれる発展への道
京鹿の子絞がその姿を一時的に消す要因となったのは、奢侈禁止令だけではありません。
1868年に江戸が東京と改称され明治天皇が東京に入り、さらに翌1869年に政府が東京へ移りました。
そのため、京都全体が勢いを失っていったのです。京都の雅を表すものは、こぞって姿を消してきました。
しかし、そんな中でも染色職人たちの情熱は衰えず、古くからの技術は次世代に脈々とうけつがれていきました。
明治時代、西洋文化の流入とともに、いよいよ日本の工芸品の影が薄くなるかと思われましたが、勤勉さを誇る日本の職人たちは貪欲に諸外国の技術を取り込んでいきます。
これまでの古い伝統を守りつつ、新しい価値観や文化を受け入れる姿勢が功を奏し、京鹿の子絞は再びその技術を発展させました。
職人たちの努力と研鑽の甲斐あって伝統工芸品の指定を受けたのは、1976年のことです。
その後、現在に至るまで、京鹿の子絞りの伝統は時の流れに沿って生き続けています。
京鹿の子絞をつくりだす細かな手仕事
ここで、あらためて京鹿の子絞の種類や製造工程をご紹介します。
京鹿の子絞りは絞り染めの技術である「辻が花染」が発展し確立された、言わば絞り染め技法の総称ですが、その種類は実に豊富です。
代表的なものとして、四角い模様で図柄の「面」を表現するのに向く疋田絞(ひったしぼり)、「線」の表現に向く一目絞(ひとめしぼり)などがあります。
今回は一般的な製造工程を見ていきましょう。
まず、製造問屋と絵師が協力してデザインを決めます。その後、絵師が着丈・身ごろにうまく絵柄が乗るように下絵を描きます。
次は下絵型彫(したえかたほり)と呼ばれる工程です。デザインに沿って、型紙に小さな円や線を彫っていきます。その型紙を使い、刷毛で布地に下絵を刷り込む作業です。
この下絵は、どのような技法を用いるかがわかるようになっています。言うなれば、指示書のようなものです。
続いて絞括(しぼりくくり)に入ります。指先と絹糸を巧みに操り、絞った部分を絹糸で一粒ずつ巻く、大変細かな工程です。全工程で最も時間がかかります。
この絞り技法は「一目絞」「傘巻絞」など、その数およそ50種類。それぞれの技法に専門の職人がいます。
絞括のあとは、模様を一層引き立たせるための漂白です。さらに、複数の色を用いる場合は染め分けが必要です。
染め分けは色ごとに染めていく作業で、使う色の数だけおこないます。
この工程では、違う色に染まらないよう防染が必要です。防染には桶絞(おけしぼり)と帽子絞(ぼうししぼり)の2つがあります。
桶絞は専用の木桶に防染したい部分だけを入れて、染色したい部分は外に出して染色する技法です。
一方、帽子絞は防染部分を竹の皮やビニールでカバーして糸を強く巻きつけて染色します。
最後に、蒸気を当てて布地のしわを取り、全体を整えたら完成です。
時代を超えて愛される子鹿の模様
京鹿の子絞は、その模様が鹿の子の体にある斑点を思わせることが名称の由来です。
細やかな手仕事が生み出す、どこか可愛らしい模様はさまざまな商品に生かされています。
京都絞り工芸館のオンラインショップでは、ポーチやふくさなどの小物類はもちろん、ショールやバッグといったファッションアイテム、額装品も取り扱っています。
京都伝統産業ミュージアムでは、京鹿の子絞の体験講座でオリジナルの手拭いが作れます。技法は傘巻き絞り・板締め絞りのいずれかを選ぶことが可能です。
京鹿の子絞は、日本の歴史とともに歩んできた貴重な染色技術です。
時代の流れの中で一時は衰退したものの、職人たちの情熱と真摯な姿勢により、その伝統は今も息づいています。
手作業で一つひとつ丁寧に生み出される模様は繊細で美しく、幅広い年代の人に親しまれています。
京都を訪れる際には、ぜひこの歴史ある技法の魅力に触れてみてはいかがでしょうか。
紡ぎ手:佐藤 恵美