【香川漆器】暮らしに息づく艶やかな雅【香川県 高松市】

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伝統と技術革新が手を結ぶまち

香川県高松市は、四国の北東に位置し瀬戸内海に面した都市です。いくつもの島が点在しているのが特徴的で、市の北側は讃岐山脈が広がり、豊かな自然に恵まれています。
高松市は農業や水産業のほか、観光業でも栄えてきました。
数ある観光スポットの中でも有名なのが、特別名勝の一つである栗林公園です。特別名勝とは、国から芸術上・景観上の価値が高いものと定められたものを指します。
栗林公園は紫雲山を背景に、13の築山と6つの池で成り、四季折々の美しい景観を楽しめるスポットとして観光客を楽しませています。
さらに、高松城跡の玉藻公園も見どころのひとつ。玉藻公園の一番の特徴は、水門が瀬戸内海と繋がり、海水がお堀を満たしている点です。お城のお堀で鯛が泳ぐ光景はなかなか見られるものではありません。
高松市は歴史的情緒に溢れる一方で「スマートシティたかまつ」としての顔も持っています。
IoT共通プラットフォームを活用し、多様なデータ収集・分析をおこなうなど新しい取り組みに挑戦しています。
古式ゆかしい伝統と、最新の技術が共存する高松市。このまちが誇る伝統工芸品が「香川漆器」です。

「祖」の誕生は若き職人と芸術の交わりから

香川漆器の歴史は江戸時代、1638年に高松藩主となった松平頼重による産業奨励に始まります。
名工を数多く排出しましたが、その中でも玉楮象谷(たまかじぞうこく)という人物は、香川漆器の発展に深く関わる人物です。「香川漆芸の祖」「香川の漆聖」などと呼ばれています。
象谷は1806年に高松で生まれ、20歳で京都に訪れました。
中国や東南アジアから伝わった漆塗りの技法を研究する傍ら、多くの塗師、彫刻師と交流しながら自身の感性を磨き上げていきました。
漆芸の知識と技術を故郷に持ち帰った象谷は、明治時代初頭の1869年に逝去するまで、時の藩主3代に仕えながら漆器の制作に勤しんだといいます。
さて、彼が香川における「漆芸の祖」と称されたのには大きな理由があります。中国や東南アジアから伝わった漆芸技法を、日本独自の技法として生まれ変わらせたのです。

漆聖が打ち出した三つの技法

象谷が確立した技法は、蒟醤(きんま)、存清(ぞんせい)、彫漆(ちょうしつ)の3つです。これらは「香川の三技法」として知られています。
蒟醤は、竹や木で作った器物に漆を幾度も塗り重ねます。そこから蒟醤剣で文様を彫り、色漆を埋めて表面を平らに研ぐ技法です。
存清は、漆を塗った器物に色漆で文様を描き、輪郭や細部を彫ります。その彫り口に金粉や金箔を埋めて文様を際立たせる技法です。この方法は「鎗金細鉤描漆法(そうきんさいこうびょうしつほう)」といいます。
また、同じく漆を塗り重ねた器物に彫刻刀で文様を彫って色漆を施す技法もあります。こちらは「鎗金細鉤填漆法(そうきんさいこうてんしつほう)」と呼ばれるものです。
彫漆は、色漆を数十回、数百回と塗り重ねて層を作ったあと、その層を彫り下げて文様を浮き彫りにする技法です。
色漆を100回塗り重ねると、できる層は約3ミリ。彫りの深さから生まれる立体感と色の変化が独特の美しさをかもしだします。
象谷は、朱漆のみを使う「堆朱」や、黒漆のみを使う「堆黒」といった独自の彫漆技法を編み出し、漆器の制作に生かしました。
従来の技術を己の中に取り込み、それを新たなものとしてよみがえらせるには相当な鍛錬と継続力が必要です。象谷の探求心はそれを補って余りあるものだったのでしょう。
象谷の死後、戦火の時代を経て香川漆器が伝統工芸品の指定を受けたのは1976年のことです。

手間と時間が作り上げる一品

香川漆器は優雅な色漆が美しく、使い込むほどに表れる吸いつくような手触りと艶が特徴です。また、その堅牢さから日常生活で広く愛用されています。
代表的なものとしてお菓子の器やお盆、座卓などがあり、特に座卓は国内シェアの約80%を占めるほどの人気です。
さて、ここからは香川漆器の製造工程について見てみましょう。
技法によって工程は変わりますが、香川漆器を発展させた玉楮象谷の名にちなんだ技法「象谷塗」をベースに紹介していきます。
まず「木固め」です。トチをくり抜いた白木地に、生漆を塗り込んだら乾燥させます。堅牢さを高めるために欠かせない工程です。
しっかり乾燥させたら「木地研ぎ」に移ります。ロクロを使い木地の荒れを除いて滑らかにする作業です。さらに、刻宇を虫食いや木地の凹みに塗り込みます。
刻宇とは、生漆に欅のおがくずなどを混ぜた補修材のようなものです。塗った部分が乾いたら木地の表面をペーパーで磨き、さらに整えていきます。
次に、生漆だけを塗り、水研ぎする作業を繰り返す「塗り重ね」です。塗り重ねは接着力を高める効果があり、仕上がりの美しさに大きく影響します。
続いての作業「塗り込み」では、真菰の粉末を生漆とともに木地に塗り込み、余分な粉を払い落します。この真菰の粉が、美しい黒色の艶の素です。
最終工程ではさらに生漆を塗り、艶を出していきます。奥深い艶を出すには、急がずじっくり、何度も作業を繰り返すことが大切です。漆器づくりには細やかな手仕事と根気が求められます。

暮らしの中に息づく漆の美

讃岐漆芸美術館では、小学生以上を対象とした漆器づくり体験ができます。
伝統工芸士が丁寧にレクチャーしてくれるので、初心者の方も安心して楽しめる体験講座です。年間を通してさまざまな展示会が開かれており、訪れる人を飽きさせません。
年間を通して、さまざまなテーマで展示会やワークショップが催されています。
1階に併設されているカフェで使われるのはもちろん香川漆器。丁寧に作られた漆器はコーヒーのおいしさを引き立ててくれます。
まちのシューレ963は高松市の丸亀町商店街にあるショップ。生活雑貨や若手作家の漆器を販売しています。
地元の漆芸家の座談会や漆を使ったアクセサリー作りのワークショップなど、漆芸に親しめる催しが多く開かれているほか、カフェスペースもあります。
美しい香川漆器に盛り付けられた、体に優しいお料理やスイーツを楽しんでみてください。
香川漆器は艶めく気品の高さと、緻密な紋様が生み出す優雅さが魅力です。それでいて、日常生活に溶け込む素朴さも兼ね備えています。
時の経過とともに味わい深さを増す香川漆器。その凛とした美しさに一度触れてみてはいかがでしょうか。

紡ぎ手:佐藤 恵美

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