【播州毛鉤】釣り人を魅了し続ける職人の手仕事【兵庫県 西脇市】

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へそから生まれた伝統工芸品

兵庫県西脇市は日本のほぼ中央に位置し、東経135度・北緯35度の交差点をもつことから「日本のへそ」とも呼ばれています。
人口は約37,800人。中国山地から播磨平野へ移る地点にあり、市内最高峰の西光寺山からは、天気の良い日には瀬戸内海まで見渡せます。加古川や由良川が市内を流れ、古くは但馬や大阪を結ぶ水運の要所として栄えました。
東西の陸路や京都や姫路へ通じる道もあり、交通の利便性から多くの人や文化が行き交い、地域の発展に寄与してきました。
西脇市には多くのお寺や文化財が多く、歴史を感じながら散策を楽しめる情緒にあふれるまちですが、実はグルメにも力を入れています。
黒田庄和牛を使った「西脇ローストビーフ」や、甘いスープとシンプルな具で舌をうならせる「播州ラーメン」など、地元民も観光客も大満足のメニューがたくさんあります。またナチュラルな風合いが魅力の「播州織」は、西脇市が誇る地場産業のひとつです。
今回は播州織と双璧をなす地場産業「播州毛鉤」をご紹介します。
江戸時代から続く進化の裏には、好敵手との競争の中、技術を磨いた職人たちの努力がありました。

行商人が伝え歩いた播州毛鉤

播州毛鉤の元祖とも言うべき毛鉤は、江戸時代初期に生まれました。
1678年に発行された「京雀跡追(きょうすずめあとおい)」には、毛鉤師・伊右衛門という人物について記されています。
さて、播州地方での毛鉤生産はさらに後、江戸時代末期の天保年間(1830年代)に始まります。播州の行商人が京都などから毛鉤や釣り針を仕入れ、周辺の村々に売り歩いたことがきっかけでした。
最初は農家の副業として行われていた毛鉤作りですが、技術の向上とともに播州の特産品として認識されるようになっていきます。
嘉永年間(1848〜1855年)にはさらに広く生産が行われるようになり針の製作技術も飛躍的に向上していました。
針が魚の口から外れないよう、カエシを付けた「剣もの」が開発されたのに加え、焼き入れや磨きといった高度な技術が取り入れられたことで、毛鉤の性能はさらに改善されました。こうした技術革新により、播州毛鉤は釣果の良さで注目され、明治時代中期には全国的な評価を得るようになったのです。

切磋琢磨が進化を招く

明治時代になると、播州毛鉤は各地の博覧会で高い評価を受けるまでになっていました。
販路も広がり、播州毛鉤は東京をはじめ全国各地で広く求められるようになりますが、高品質であるがゆえに他の地域との競争は避けられません。播州の職人たちは研鑽を重ね、さらなる品質向上に努めました。
第二次世界大戦中、毛鉤に用いる鉄線や金箔などの資材配給を受けるために組合が結成され、播州毛鉤の生産体制はさらに整います。戦後も改良の努力は続き、播州毛鉤は全国生産量の9割以上を占めるまでに成長を遂げました。
現在では、西脇市や黒田庄町を中心にレジャー用の毛鉤が作られ、釣り人たちに広く支持されています。
播州毛鉤は、江戸時代から現代に至るまで、職人たちの技術革新と行商人たちの活動に支えられながら発展してきました。
1987年、経済産業大臣指定の伝統的工芸品に指定されてからも伝統は受け継がれ、釣り文化の一端を担う存在として多くの釣り人に愛され続けています。

魚の目を欺く職人の技

播州毛鉤は「ドブ釣り」と呼ばれる鮎の釣り方には欠かせません。
釣り人たちは、季節や天候、時刻によってあらゆる種類の毛鉤を使い分けています。魚の種類や水深、水質など環境に合わせて作られ、その種類は500種以上にのぼると言われています。
播州毛鉤の製作は、漆と赤色顔料、砥の粉を混ぜたものを鉤の胴部分に塗り、乾燥させる「底漆塗(うるしぬり)」から始まります。
乾燥後、小鳥の羽根や毛筆を使い胴部分に金箔を丁寧に張り付けます。
続いて、漆と光明丹、砥の粉を混ぜたもので鉤の先端に直径1mmの玉を作り、再び乾燥させます。この玉にも金箔を張り、小鳥の羽根で余分な箔を払い落とします。
その後、乾燥した鉤にしけ糸を3回巻き、テグスを沿わせてしっかり固定。ニワトリの尾羽を使い、鉤先に7回ほどつめ巻きを施し、昆虫の尻部分を整えます。
次にスズメの羽根で尾っぽを取り付け、鳥の羽毛を1本ずつ巻きながら昆虫の胴体を形作る工程へ。さまざまな巻き方で細部を整えます。
名古屋コーチンの腰毛を用いてミノ毛を取り付けたら、固く練った漆と光明丹で昆虫の頭部に玉を作り、乾かします。最後に、頭部に金箔を張り付ければ播州毛鉤の完成です。

播州毛鉤で釣りの醍醐味を味わおう

小山毛鈎製作所のホームページには、釣りに関しての情報やノウハウが掲載されています。釣りの基本やドブ釣りの仕掛けについて、知見のない方も楽しく学べるでしょう。
また、毛鉤の通販も可能です。ラメ入りのものや蛍光色の玉を取り付けたものなど、さまざまな種類を取り扱っています。
播州釣針協同組合は、播州毛鉤を扱う業者を擁する組合です。絶好の釣りポイントマップや釣りイベント情報が掲載されているほか、観光名所の紹介ページも充実しています。
「日本のへそ」で知られた西脇市、旅行先としても大いに楽しめることでしょう。
播州毛鉤は細やかな手作業から生まれます。
水の中に舞う昆虫を模した毛鉤は、江戸時代から多くの釣り師と共に長い時を歩んできました。他の産地との競争を生き抜く、職人たちのひたむきな努力が支えてきた伝統工芸品、播州毛鉤。
その精巧な美しさは、今後も多くの釣り人に愛されることでしょう。

紡ぎ手:佐藤 恵美

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