【福山琴】琴づくり日本一。芸事を愛す城下町が生んだ珠玉の音色【広島県 福山市】

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楽器として初めて伝統的工芸品に指定された「福山琴」

広島県の最東部、福山市。瀬戸内海の中四国地方のおよそ中央に位置し、約46万人の人口を有する都市です。
新幹線福山駅の目の前に聳え立つ福山城は、「新幹線の駅から日本一近い城」として知られています。この福山城が1622年に築かれて以来、歴代の藩主たちは芦田川下流の平野に町づくりを進めると同時に、繊維業や木製品製造業などさまざまな特産品づくりを奨励してきました。
現在では高い国内シェアを持つ金属加工関連産業も発展し、多様な産業が賑わいを見せるなかで、日本一の生産量を誇ると言われている特産品が、福山琴です。
音色と見た目の美しさで等級が決まる琴の世界において、最高級の桐材が使用される福山琴は音色が良く長年の使用に耐え、精巧な細工で知られています。
1985年には、楽器として初めて経済産業大臣指定の伝統的工芸品に。その成り立ちには、城下町ならではの歴史が関係していました。

音曲への愛が、琴づくりの土壌を育んだ

福山琴の歴史の始まりは、1619年。徳川家康の従兄弟である水野勝成が備後の領主となり、福山に城を築いたときに始まります。
江戸時代の城下町では武士や町人の子女の芸事が盛んで、歌謡や音曲もよく嗜まれていました。その傍に琴の職人や師匠も存在し、その生産と普及に携わっていたと言われています。
福山においても、水野・松平・阿部と続いた歴代藩主の奨励も追い風となり、琴や尺八、三味線などが特に愛されていきました。
福山はかつて「備後桐」とも呼ばれる桐材の産地でもあり、琴の主な材料の入手が容易であったことからも、琴の製造が盛んになっていきます。
江戸時代の終わりになると、琴の名手である備後国深安郡(現在の福山市)出身の葛原勾当により、備後と備中の約120の町村に箏曲が伝えられます。幕末から明治時代にかけては、福山市南部にある鞆の浦の海を描いた名曲「春の海」が、福山ゆかりの箏曲家である宮城道雄により作曲されたことにより、地場の需要はさらなる高まりを見せていきました。
福山が全国一の産地へと飛躍したのは、大正時代に入ってからです。
牧本信次郎・正雄の親子が、琴の生産の分業に成功したことが大きなきっかけとなりました。その後、伝統を守りながらも技術改良が進められ、高品質な琴が早く、安く、大量に生産できるようになっていきました。結果として、福山琴が全国の市場を席巻するほどになっていったのです。

美しさと音響効果を相乗させる匠の彫り

楽器の生命とも言える美しい音色を出すため、琴の制作には極めて精密な木工技術が求められます。
琴の胴体である「甲」は一枚板で作られます。職人たちは長年培った経験を活かして桐材を吟味し、内部の年輪や節の有無を推測しながら表面の木目が美しくなるよう木取りします。約1年をかけて桐を乾燥させた後、表面と裏面を削り、甲の形状を仕上げていきます。
甲は横と縦の両方向に湾曲しているため、曲面を削る際には高度な技術が求められます。甲の裏側を刳りぬき空洞を作った後は、空気振動を荒くして音響効果を高めるために、内側に彫り加工を施します。
彫りの種類には、簾のように直線を重ねる簾目彫りや、ジグザグの線を1本ずつ並べる綾杉彫り、さらに二重にした子持ち綾杉彫りの3種類が存在し、なかでも子持ち綾杉彫りが音色も彫る技術も最上だとされています。

琴は“竜”。頭から尾まで施す細やかな仕上げ

甲作りの最後には、1,000度に熱した焼き鏝で甲の表面を焼き上げます。桐材に含まれる樹脂を浮き出させることで、美しい艶が出るのです。甲の表面を焼いた後は磨きを行い、付属部品の取り付けなどの装飾工程に進みます。
琴は楽器全体を竜に見立てていることから、その部位に竜の名前が付いているのも特徴です。
絃を弾き演奏する先端側は頭に見立てて「竜頭」の名がついており、絃を支える部分を「竜角」、反対側を「竜尾」のように呼びますこれらを含む各部位にそれぞれ装飾が行われ、特に琴の断面となる竜舌には蒔絵など美術工芸としての装飾が施されます。
最後に、全体の細やかな調整や補修を行い、絃を通すための金具を取り付けたところで福山琴が完成します。

見て美しい琴は音色まで美しい

楽器である琴は、その音色を楽しむのが随一の鑑賞点となるでしょう。しかし、琴においては見た目と音色が表裏一体であるのが大きな特徴です。その理由は、複雑な木目ほど音色も良くなるため。琴の等級を決める上で重要な基準となるのは、甲の焼き目だと言われるほどです。
福山琴に触れる機会があるならば、音色も見た目も美しくする、内側の彫り加工も見逃せません。裏を返した音穴からその模様を覗いてみることでも、熟練の匠の技に触れられるでしょう。

産地で知れる、全国で愛される福山琴の真髄

福山市では毎年夏に、地元の小中学生が福山琴を演奏する「ふくやま琴まつり」をおこなっています。入場無料であり、豪華賞品の当たる抽選会も実施されるため、足を運んで伝統が継承されゆく生演奏に耳を傾けるのもよいでしょう。
福山市にある藤井琴製作所では、甲作りや装飾、完成までの工程を熟練の職人から直に聞ける工場見学を無料でおこなっています。事前の申し込みの上で、その貴重な機会を堪能してください。
中国で生まれ、日本には7世紀ごろに伝わった琴。その後、福山の地で極められた伝統技術の結晶である福山琴は、今なお日本全国で愛され続けています。
これからも、麗しき日本の四季の情景を凛と引き立てる音色で、人々の耳と目、そして心を豊かに潤していくのでしょう。

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