自然豊かな島で育まれた伝統的工芸品
鹿児島市から南へ約380km、鹿児島市と沖縄本島のほぼ中間に位置する自然豊かな島、奄美大島。人口は約5万7000人で、全国の離島の中で3番目に大きい島です。
気候は亜熱帯海洋性で一年を通して暖かく、美しい海岸線の先にはサンゴ礁やカラフルな熱帯魚を見ることができます。また、日本で2番目に大きいマングローブ原生林や、世界自然遺産に登録された太古の生命が息づく「金作原原生林」など多くの景勝地があります。
その奄美大島の大自然と職人に育まれた鹿児島県を代表する伝統的工芸品が「本場大島紬(ほんばおおしまつむぎ)」です。
数々の複雑な工程と長い時間を経て完成する絹100%の手織りの高級絹織物です。
世界に類を見ない精緻な織物
本場大島紬の特徴は、世界に類を見ないと言われるほど緻密で洗練された外観と、軽くてあたたかくシワになりにくいしなやかな着心地です。また、光沢を抑えた控えめなツヤが気品を漂わせています。
日本を代表する着物であるだけでなく、ペルシャ絨毯とフランスのゴブラン織りに並ぶ世界三大織物の一つとも言われています。
150年から200年着用できるほど丈夫で、着れば着るほど体に馴染むため、多くの場合は親から子へ、そして孫へと世代を超えて愛用されています。
デザインのモチーフにはトンボや亀の甲羅、ハブやソテツの葉など奄美の大自然が中心に取り入れられています。染色技法の発達とともに紋様も磨かれていき、現在の幾何学的で精緻なデザインへと進化しました。
鹿児島県で織り上げられた大島紬は、本場大島紬織物協同組合による20項目に及ぶ厳しい検査に合格したもののみ証紙と商標が与えられ「本場大島紬」として販売されます。
1300年前に献上された記録が残る「南の島の紬」
大島紬のはじまりは1300年以上も前にさかのぼると言われています。
鹿児島では奈良時代以前からすでに養蚕が行われ、手で紡いだ糸で褐色の紬が生産されていました。この頃から奄美に自生するテーチ木やその他の草木を使って染められていたと伝えられており、734年の聖武天皇の頃には、東大寺や正倉院の献物帳に「南の島から赤褐色の紬が献上された」との記録が残されています。
江戸時代初期には島民らが真綿から紡いだ手紬糸をイザリ機で織り、自家用として着用していました。しかし、1720年に薩摩藩が役人以外の紬着用禁止令を発令したことにより、大島紬は薩摩藩への貢物としてつくられるようになりました。
その頃の島民が役人に見つからないように田んぼに着物を隠し、のちに引きあげてみると黒く染まっていたことから、大島紬の要である「泥染め」が始まったという言い伝えもあります。
1870年代に入ると大島紬は商品として市場で取引されるようになりました。知名度が上がることで需要も増え、生産を飛躍的に効率化させる「高機」が1897年ごろに使われるようになりました。1902年ごろには「締機」が開発され、現在につながる精巧で緻密な大島紬が徐々に確立していきました。
複雑な工程に精通した職人の団結力による結晶
大島紬の制作工程は大きく分けても30以上あり、多くの人の手で長い時間をかけて生み出されます。
それぞれの工程にはその分野に精通した職人がおり、職人の手から手へと渡っていく中で、少しずつ完成に近づいていくのです。大島紬は、まさに職人らによって紡ぎ出されていく結晶です。
「大島紬は2度織る」と言われるように、完成までに織りの工程が2回入ります。先染めによる経糸と緯糸を組み合わせてできた絣(かすり)で柄を表現しているため、緻密な紋様を表現することができます。
また、大島紬最大の特徴は泥染めです。奄美の土壌で育ったミネラル豊富なテーチ木の煎汁液で染めた絹糸を、鉄分を含む泥田でさらに染めます。そうすることで泥に含まれる鉄分とテーチ木のタンニンが反応し、赤褐色だった絹糸がだんだん黒く変化します。テーチ木染めと泥染めを交互に何度も繰り返すことで、大島紬特有の深みのある黒に染まります。
大島紬村で一生モノの体験と製品を
着物で知られる大島紬ですが、現在は着物生地以外に泥染めの技法や織りの技法を活用したネクタイやスカーフ、バッグ、ブックカバーなど日常使いができる製品もつくられています。
奄美大島の観光スポットの一つである奄美大島紬村では、奄美大島でつくられる大島紬である「本場奄美大島紬」の生産の全工程の見学や泥染めの体験などを楽しむことができます。南国亜熱帯植物庭園の中にあるため、大島紬の紋様のモチーフとなっている奄美大島ならではの動植物を鑑賞することもできます。
泥染め体験では実際に泥田の中に入って、職人の方言混じりの指導を受けながらオリジナルのTシャツやエコバック、ハンカチなどをつくることができます。化学繊維は泥で染まらないため注意が必要ですが、素材の持ち込みもできますよ。
売店には最高級の着物やここでしか入手できない限定商品などが豊富にあり、自分用としてもギフトとしても一生モノの製品を選ぶことができます。
大自然の中で歴史と職人がつないできた賜物である大島紬、その極意に触れてみてください。
紡ぎ手:Muta Yuka