豊かな自然に愛される紙のまち
鳥取県鳥取市は、人口約17万9,500人の日本海に面したまちです。東京ドーム約820個分の広さといわれる鳥取砂丘を擁しています。
南北を流れる千代川が形成する鳥取平野や白兎海岸、面積が日本最大の湖山池や標高1000m を越える山地に囲まれ、自然の恵みを享受しています。比較的温暖な気候であるものの、曇りや雨の日が多い地域です。
江戸時代には城下町として栄え、明治のころには山陰の中核都市として、政治経済や文化の発展を担っていました。数々の災害にもめげず、住民たちの強い意思と努力によって幾度も立ち直ってきた歴史があります。
現在は二十世紀梨や砂丘らっきょう、長いもなど特産物が豊富な一方、電気機械工業も盛んで、中国地方の中でも非常に栄えた工業都市でもあります。
これから紹介する因州和紙は、農工ともに発展している鳥取市の伝統工芸品です。因幡(昔の鳥取県東部)で生まれました。
清らかな水と、楮や雁皮、三椏など豊富な原料によって作られている因州和紙はさまざまな用途で用いられ、現在も高い評価を得ています。
古来より伝わる伝統の「紙」者
因州和紙の起源は奈良時代といわれています。
現在正倉院に保存されている「正集」にある、国印が押された因州和紙が最古とされるものです。
927年に完成した古代法典「延喜式(えんぎしき)」によると、伯耆(現在の鳥取県中西部)、因幡(現在の鳥取県東部)は朝廷に対し多くの紙麻を献上しており、名の知れた紙の産地として記録されています。
また、安土桃山時代から江戸時代にかけ、当時の領主である・亀井滋矩により海外への輸出がおこなわれた因州和紙。鳥取藩に上納する藩御用用紙としても用いられるようになりました。
明治時代になると、製紙技術の向上により生産量が増加し、因州和紙はますます栄えていきます。大正時代になってもその勢いは衰えませんでした。
ところが昭和の時代、木材パルプからなる洋紙の普及によって和紙の需要は減少の一途をたどることとなります。
紙漉きが衰退していく中、因州和紙は武器としての用途を見いだされました。
第二次世界大戦において質の高さが政府の目に留まり、気球型の爆弾に使われたのです。文化の発展の一助となる和紙が戦いの道具として用いられた、皮肉な歴史といえるでしょう。
多面的な魅力と強靭な質
因州和紙は天然の繊維がもつ温もりとしなやかな強さが特徴です。中でも書道用紙や水墨画に用いる画仙用紙は、全国トップクラスの生産量を誇ります。
和紙としては最初に伝統工芸品の仲間入りを果たしており、1975年に国の指定を受けました。
また、因州和紙を漉くときの「ちゃっぽん、ちゃっぽん」という音は環境省の「残したい”日本の音風景100選”」にも選ばれています。
酸化しにくく実用性に富むのも因州和紙の魅力です。
「筆が痛まず、墨のかすれもなく長く書ける」といわれており、その強靭さと滑らかさがうかがえます。
古く奈良時代より作られてきた因州和紙。現在は書画だけでなく、さまざまな場面で姿を変えて登場しています。
特に珍しいのは、衝立やブラインド、ランプシェードなどインテリア色の強いものです。経年劣化にも耐えうる強さが感じられます。
版画用紙やプリンター用紙、美しく色をほどこした染紙にも用いられており、その多様性も因州和紙の魅力を語るうえでは欠かせないものです。
因州和紙ができるまで
因州和紙は職人の丁寧な手仕事と、多くの工程によって作られます。
まず、楮や三椏などの原料を水に浸して柔らかくします。
次に、表面の黒い皮を包丁で剥ぎ、さらに原料を水につけます。
ここで他の原料の登場です。竹や藁、麻に加え、石灰や木の灰といった薬を混ぜて窯で煮ます。目的は不純物の除去です。
さらにアクやごみを取り除くため、清流にさらします。この工程では手を使って丹念に不要なものを取らなければなりません。
次に、取り出した繊維を叩いてほぐす作業です。ここで繊維をほぐすと、紙漉きのときに原料の特徴をしっかり引き出せます。
叩いた繊維は必要な長さに揃えられ、ここで紙漉きの前準備が完了です。
しっかりほぐした繊維は水に溶かし、トロロアオイから取り出した粘液とともに簀桁で漉いていきます。
次は、漉き終わった紙から水分を取り除く工程です。数百枚重ねた紙に重しを乗せます。脱水が終わったら紙を一枚ずつ剥がし、乾燥板に貼ります。乾いたら用途に応じた大きさに裁断し、ようやく出荷準備です。
こうした細やかな作業工程を経て、因州和紙は全国に届けられています。
因州和紙を感じられる時を過ごす
因州和紙に触れる体験教室やイベントはたくさんあります。
鳥取市青谷町のあおや和紙工房では、予約すれば紙漉きやランプシェード作りが楽しめるほか、いろいろなワークショップが開催されています。
また、併設のカフェでは地元の食材を使った料理やデザートを食べることができます。鳥取の陶芸家による食器も温かな魅力が感じられ、ほっとするひとときを過ごせるでしょう。
佐治町のかみんぐさじの体験メニューは豊富で、はがきや寄せ書きに使える色紙、うちわなど、さまざまなものを作れます。
さらにオリジナル製品の開発にも精力的です。好きな図柄を入れたり小ロットに対応してくれたりと、希望に沿った和紙製作をサポートしてくれます。
1,300年の時を経てもなお、人々に愛される因州和紙。その用途は書画に留まらず、暮らしを彩る目的でも使われています。
恵まれた原料と繊細な手仕事、複雑な作業工程からなる因州和紙は、豊かな自然と職人の技が溶けあった芸術品といっても良いでしょう。
体験教室やイベントを通じて、全国の人が因州和紙を知る機会も増えています。
因州和紙は、今後も鳥取市の文化と技術の結晶として、人々の暮らしに彩りを添え続けてくれることでしょう。
紡ぎ手:佐藤 恵美