【東京手描友禅】江戸の美意識を現代に伝える“粋”の染織【東京都 新宿区】

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江戸の「粋」を伝える東京手描友禅

東京都新宿区。かつて江戸時代には、江戸と日本橋に最も近い宿場町を総称し、千住、板橋、品川と並び四宿と呼ばれたまちの一つです。
当時の政治の中心地である江戸に多くの人々が往来するこの時代、四宿はあらゆる物資や文化が集積する風格あるまちでした。その新宿の地で作られてきたのが、東京手描友禅です。
東京手描友禅は東京でつくられる手描きの染織物であり、京友禅・加賀友禅と並ぶ日本三大友禅に数えられます。伝統的な文様として白や藍、茶などの落ち着いた色彩で江戸の風景を描いたものが多く、江戸の粋な精神を感じられる染織物として知られています。
しかし近年では、現代の生活に馴染むモダンな文様も新たに開発され、東京を生きる現代人の感性と江戸の粋な精神が調和する伝統工芸品となっています。

京で生まれた友禅が、江戸の城下町で愛された理由

友禅染は、江戸時代の享保年間に、京都の絵師である宮崎友禅斉が創始したと言われる糊置防染法による模様染です。
もち米などを用いた糊で模様の輪郭を描き、その輪郭線の中を染め上げるもので、手描きによる自由で華麗な小袖模様の制作を可能にした、当時としては画期的な染色技法です。
東京手描友禅の歴史は、江戸城の完成に遡ります。江戸城の城下町では大小名の屋敷が建てられるようになると、大奥をはじめとする女性が生活するようになり、呉服の消費地として発達していきます。
一説によると、五代将軍綱吉の母である桂昌院が京都から友禅職人を呼び、江戸の模様染めを興したとも言われています。殿中で着る着物には格別な華やぎが求められ、大奥御用達の染色は柳営友禅と称されていたそうです。

友禅が町民に“解”かれたきっかけは幕末の混乱

では、そんな柳営友禅がなぜ江戸の市民にまで浸透していったのでしょうか。『馬酔木 69』(馬酔木発行所、1990年)掲載の中村翠湖氏「江戸友禅から東京友禅へ」によれば、幕末の江戸の激動が大きな要因であったそうです。
安定して栄えていた江戸時代も幕末になると、災害や疫病などの混乱が巻き起こります。江戸に住んでいた大名や武士の家族が各藩に戻ることになり、御殿勤めの女性も解雇されるようになっていきます。
柳営専属の友禅師は江戸城に着物を納めることができなくなったため、一般の町民に向けて染色を行うことを許されます。今日にも伝わる「江戸解模様」の由来となった江戸解「解(とき)」の名称は、このときに生まれたと記されています。
伝統的な色としては、江戸七彩と呼ばれる藍、茶、ねずみ、紫、紅、翠、鬱金(うこん)など灰色がかった色が使用されます。これは奢侈禁止令の影響で色数が絞られたことも影響しており、その色遣いからも、江戸らしい「粋」の美意識と矜持が伝わってきます。

東京手描友禅へ伝承される江戸人の美意識

本来は武家の女性の着物であった柳営友禅が市民に解かれて以降、神田や日本橋、浅草などの豪商や上流階級の女性たちが柳営友禅の着物を競って着るようになったと言います。
この時代の柳営友禅は、自由闊達な格調と気品の備わった美意識のある文様と色彩が育っていったと中村氏は綴ります。そうして江戸の文化が繁栄した柳営友禅は、東京友禅となり後世へ引き継がれています。
1673年には、日本橋に越後屋呉服店(現・日本橋三越)が造られました。
染色工程には水が欠かせないことから、その染工場が神田川上流の東京山の手(現在の新宿区高田馬場付近)に開設されていきました。現在でも、新宿区に多くの工房が存在しています。
東京都工芸染色協同組合によれば、東京手描友禅はその後、特に関東大震災や第二次世界大戦を契機に東京の地場産業として、目覚ましい発展を遂げたと言います。
1980年には経済産業大臣指定の伝統的工芸品に、1982年には東京都知事指定の伝統工芸品に認定されています。

職人の感性が光る、東京手描友禅の色挿し

東京手描友禅の特徴は、構想と図案、下絵、糸目糊置き、友禅の色挿し、そして仕上げまでの工程のほとんどが一人の職人による作業となっていることです。
まず、着物を一枚の絵画に見立て、図案の構想を練ります。構想の段階で全体の構図や文様の展開、染色の技法まで細かに構想を練っていきます。
白生地の検品を行った後は、着物の形に仮縫いした生地に図案の線画を描いていきます。下絵の線に友禅糊を置いていく「糸目糊置き」を行うことで、水洗いした際に、糊を置いた部分が白い輪郭線として残るようになります。
友禅の色挿しでは、筆や刷毛で染料を輪郭線の中に挿していき、文様を描きます。糊が防波堤となるため、色が滲んだりすることはありません。手描きであるがゆえに、配色や濃淡など、職人の感性が光る腕の見せ所です。
染める前に下処理となる地入れをし、乾いた後に引き染めにより生地の地を染め上げていきます。引き染めを終えた後には蒸して水洗いを行い、仕上げとして彩色や金箔加工、刺繍や補正を行い、完成となります。

伝統を守りながらも、現代の感性を友禅に吹き込む

東京手描友禅の伝統的な文様としては、御所解文様や江戸解文様などが存在します。御所や四季の情景、松竹梅や菊などの吉祥模様、物語や和歌に由来する模様などがあり、御所解文様よりも江戸解文様の方が小さく、定紋付が決まりとなっています。
近年は動物やビルの街並みなど、現代的な文様も多く製作されているため、数多の文様の中から好みの柄を見つけるのもまた一興です。
東京手描友禅の伝統工芸士 鎌滝隆生さんによる「隆生工房 STORE」では、東京手描友禅のオンライン販売も行っています。着物以外にも 画やスマートフォンケースなど実用的な小物も販売されているので、洋服の日常にも馴染む商品を買い求められます。
そのほか、東京都工芸染色協同組合では毎年、東京手描友禅のコンクール展示会「染芸展」を開催しています。自由な発想で新作を創り発表することがコンセプトとなっているため、東京手描友禅の新たな挑戦を目の当たりにできる貴重な機会となっています。
京で生まれた技法が、江戸の城下町で愛され生まれた東京手描友禅。今や東京が誇る伝統工芸品として、江戸の美意識を現代に伝え続けています。

紡ぎ手:田口 友紀子

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