【弓浜絣】家族繁栄の願いを織る、素朴な絣の魅力【鳥取県 境港市】

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国引きの“網”となった弓ヶ浜で織られた絣

鳥取県の北西端に突出し、米子市と境港市にまたがって続く日本最大の湾口砂州「弓ヶ浜(ゆみがはま)」。約20kmもの長さで弓のような弧を描く海岸線は「日本の渚百選」、「日本の白砂青松百選」にも選ばれました。
『出雲国風土記』の「国引き神話」では、八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)が出雲国を創造した際のエピソードとして「持ち引ける網は夜見の島(弓ヶ浜)なり」と描かれています。その弓ヶ浜地方に伝わる伝統工芸が、「弓浜絣(ゆみはまがすり)」です。
その名のとおり、かすれたような模様が特徴の絣(かすり)。弓浜絣は海老や亀、松竹梅など、身近でありながら縁起の良い吉祥の絵柄と、ざっくりした風合いが特徴の織物で、倉吉絣、広瀬絣とともに「山陰の三絵絣」のひとつに数えられています。
江戸時代から続き、およそ250年の伝統がある弓浜絣。弓ヶ浜の地で、なぜ絣が作られるようになったのでしょうか。その歴史からは、かつて日本の民家の日常にあった手仕事の美しさが見えてきます。

北前船で全国に運ばれた特産品「伯州綿」

弓ヶ浜で綿が生産されるようになったのは、1759年。水源のない弓ヶ浜に、砂州を縦断する20kmの用水路「米川」が開削されたことがきっかけです。弓ヶ浜半島の作物はそれまで、粟や稗、麻などが中心でしたが、米川用水の完成により水稲や綿の栽培が可能となりました。
温暖で砂地で水はけが良い弓ヶ浜半島は綿づくりに適しており、江戸時代には「伯州綿」で知られるようになります。伯州綿は「浜綿(はまわた)」とも呼ばれ、繊維が太く弾力性があり、保温性に優れることが特徴です。
特産品である伯州綿の魅力を伝える一般財団法人 境港市農業公社によれば、その品質が高く評価された伯州綿は、北前船によって各地に運ばれ、全国にその名が知れ渡っていったと言います。

農家の主婦が、家族の日常のために手織りした

木綿の栽培が始まると、農家の主婦たちが仕事着や晴れ着、布団の生地を織るようになります。1804~1818年頃には、米子や弓ケ浜周辺でさまざまな文様を表現する弓浜絣が織られるようになっていきました。
地藍で染め上げた質の良い絣は多くの人に親しまれ、その後、幕末から明治にかけて全盛期を迎えますが、近代にかけては洋式の紡織業が発達し、手織りの木綿は一時衰退します。
しかし第二次世界大戦後には、この技術を継承しようと関係者の尽力により復興しました。そして、1975年には国の伝統的工芸品に、1978年には鳥取県指定無形文化財として認定されます。

藍染めに備え、ひと束ずつ目印を結ぶ

深い藍色の地に美しい白抜きの絣柄が映える弓浜絣。糸を先に染めてから織る「先染め」である弓浜絣は、その糸作りに大変な手間と時間を要すると言われています。
肝となるのは、藍染めの際に使う種糸作りです。弓浜絣の白い絵柄模様は、主に緯糸によって表現されます。この緯糸を藍染めする際に、白く残したい模様の箇所に目印をつけることを種糸作りといいます。種糸作りは、まず綿繰り機を用いて綿花から種を取り除き、糸車で綿を糸にした後に行います。

藍と白の糸一本に込められた、丁寧な手仕事

種糸台に長い糸を平行に何本も張り、図案を彫った型紙をその上に置き、墨を付けます。墨付けされた白糸は種糸となり、1本ずつバラした上で、染める糸と束にしてまとめられます。このとき、それぞれの種糸の束ごとに、墨で印が付いた箇所を糸やテープなどで括ります。これが「括り」と呼ばれる工程で、この括った部分は藍染めの際にも染まらず白く残り、織られた後には絣の柄になっていきます。
ひとつの絵柄を作るために、5,000〜6,000箇所も括ることもあると言われることからも、その手間がどれほど途方も無いものかが伝わってきます。
束ねた糸はまとめて藍染めされ、乾燥した後に括っていた糸やテープを取り除くことで、藍と白の美しいコントラストが映える糸が出来上がります。
こうして染め上がった緯糸の柄を合わせて追っていくことで、絣独特のかすれた白い模様が表れてきます。

生活に宿る願いのかたちを、見て触れて感じる

農民が家族のために織っていたことが起源となるため、弓浜絣は生活に密着した素朴ながらも縁起の良い絵柄が特に好まれています。家族の健康を願う海老や長寿を願う鶴や亀など、親しみやすい絵柄は見る者の心を和ませます。どこか懐かしい絵柄をかすれの味とともに味わえるのは、弓浜絣ならではの楽しみ方です。
そして、希少な国産和綿である伯州綿を手紡ぎした手触りは格別。弓浜絣は着物地のほか、身近な小物類も作られています。
境港市にある「永見呉服店」では、さまざまな工房が作り上げた弓浜絣の商品を販売しています。懐かしいがま口財布などに加え、名刺入れやブックカバーなどが取り揃えられています。
洗えば洗うほど色が冴え、肌触りがよくなるとも言われているため、長く愛用したい小物を弓浜絣で揃えてみるのも乙なものです。
弓ヶ浜のある米子市の体験型観光施設「結・Musubi」では、弓浜絣機織りが体験できます。弓浜絣のコースターづくりを通して、織り仕事の奥深さが知れるはずです。
人々の生活を支え続け、250年の時を超えて継承される弓浜絣。この味わい深い魅力を愛する後継者の手により、これからもその新たな歴史が紡がれ続けていくでしょう。

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