清らかな水と自然に愛されたまち
愛媛県大洲市は、愛媛の西部にあります。
その昔城下町として繁栄していた大洲市は「伊予の小京都」と謳われる歴史あるまちです。市の中央には清流肱川(ひじかわ)が流れ、豊かな自然と歴史的な建造物が織りなす景観はタイムスリップしたかのような感覚を呼び起こしてくれます。
大洲城や臥龍山荘といった歴史的建造物が多く残り、観光地としても人気です。自然に恵まれた大洲市は、野菜や果物の生産や養豚が盛んで、食を満喫できるまちとも言えます。
この大洲の地で産業として発展しているのは、農産業や畜産業だけではありません。伝統工芸品である大洲和紙もまた、地域の発展に寄与する産業のひとつです。
千年の歴史を紡ぐ紙のあゆみ
大洲和紙は、平安時代の書物「延喜式」に伊予の紙として記されています。また、1798年、国東治兵衛が書いた製紙の解説書「紙漉重宝記」では、大洲和紙の起源が詳しく記されています。
本書によれば、大洲に紙漉きを伝えたのは歌人・柿本人麻呂です。柿本人麻呂が石見の国(島根県)で起こした紙漉きの技術が大洲に伝わったといわれています。
平安時代から作られていた大洲和紙が現在の形になったのは江戸時代中期です。
時の大洲藩主・加藤泰興が土佐の浪人・岡崎左衛門に御用紙を作らせたり、越前の僧・宗昌禅定門を招き紙漉きの指導をさせたりしたことから、大洲藩の産業として飛躍していきました。
こうして製造された和紙は大阪に届けられ、その価値と評価はさらに高まります。明治時代には小田川沿いに製紙工場が多く建設され、大正時代にかけて大洲和紙は最盛期を迎えました。
しかし戦争や機械化の影響を受けて職人の数は激減します。最盛期には430名でしたが、戦後には74名、そして現在は3つの業者を残すのみとなっています。
衰退の一途をたどると思われた大洲和紙ですが、職人たちの卓越した技術と努力が実を結び伝統工芸品に認定されたのは1977年のことです。
堅牢な大洲和紙の用途
大洲和紙の最大の特徴は、その薄さと強さです。伝統的な流し漉きによって作られる大洲和紙は漉きムラがなく、均一で美しい仕上がりを誇ります。とくに書道用紙として優れており、書道家たちから重宝されています。
さらに、大洲和紙は柔らかさとしなやかさを兼ね備え、優れた保存性も大きな特徴です。このため書道用紙だけでなく、障子紙として全国各地の寺院、茶室、高級住宅などでも広く使われています。
また、凧としても使われているのは有名な話です。内子町で毎年5月に開かれる「いかざき大凧合戦」で飛び交う凧には、大洲和紙が使用されています。
近年は、メモ帳やパスケースなどの小物にも用いられているほか、ヨーロッパの金箔貼りと融合した作品も多く見られるようになりました。
大洲和紙ができるまで
大洲和紙は、非常に手間と時間がかかる手法で作られています。
まずは水浸と煮沸です。原料となる楮(こうぞ)、三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)を柔らかくするところから始まります。
数日の間水に浸し、その後ソーダ灰などの薬品を加え、数時間かけて煮沸します。この工程で不純物が溶け出し、繊維がほぐれやすくなります。
煮込んだ後はあく抜きです。煮沸して溶け出した不純物やゴミを、水洗いで原料から取り除き、水槽に入れて水と日光にさらします。一週間ほどあく抜きしたら、漂白の工程に移ります。
使うのはさらし液・水・そして原料です。水槽にさらし液と水を加え、混ぜ合わせます。この工程で有色繊維が漂白されます。
漂白が終わったら、水洗いで薬品をすすぎ落とします。和紙の劣化を防ぐために必要な工程です。
水洗いの後は丁寧にゴミを取り除き、叩解機で繊維をほぐしていきます。しっかりほぐれたら、ようやく紙漉きの工程に突入です。
大洲和紙は「流し漉き」という手法で漉きます。混ぜ合わせた原料とノリを混ぜ合わせたら、スダレと呼ばれる枠ですくって前後に揺らします。
ここでは厚さや質感を均一にするための微調整が必要です。職人の勘と技が光る工程といえるでしょう。
漉き上がった和紙は、一晩置き、翌日圧搾機で脱水します。紙の用途によって脱水の時間は異なり、書道半紙で丸一日、障子紙は3時間ほどです。
脱水が終わったら、乾燥機で乾かします。乾燥機のステンレス台に水を吹き付けた紙を1枚ずつ貼り、刷毛で伸ばしていきます。
乾いた和紙を選別し、規格に従って裁断するとようやく大洲和紙の完成です。
大洲和紙の多様性を知る
大洲市の内子町にある天神産紙工場では、工場見学や紙漉き体験を実施しています。紙漉き職人さんが丁寧に教えてくれるので、初めてでも自分だけの和紙を作ることができるでしょう。
また、同じ敷地内にある「大洲和紙会館」では、大洲和紙を使ったメモ帳や小物、書道半紙を販売しています。高品質な大洲和紙の多様な魅力をぜひ堪能してみてください。
五十崎社中は一風変わった作品を生み出す手工業所です。和紙を使ったアクセサリーや、ギルディングの技法を用いたきらびやかな壁紙やタペストリー、額装品などが紹介されています。
天神産紙工場内にショップが設けられていますが、オンラインショップもあるので、遠方の方でも大洲和紙に触れられますよ。
大洲和紙は、千年前から細やかな工程のもと、高い品質を維持してきました。その用途は「紙」に留まらず、装飾や実用品としても愛されています。
現在は若い職人たちが大洲和紙の復興に努め、あらゆる可能性を模索しています。
一時は衰退していくばかりと見られた大洲和紙。その未来は決して暗いものではありません。
新しい技術との融合、用途の開拓が日々おこなわれる中で、これまでになかった姿を見せてくれるでしょう。
紡ぎ手:佐藤 恵美