【南部鉄器】現代の生活に根ざした素朴な伝統工芸のぬくもり【岩手県 奥州市】

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奥州市水沢でつくられる南部鉄器

岩手県の県南地域に位置する奥州市は、現在約10万8千人の人びとが暮らす、のどかなまち。美しい田園風景と雄大な山々、そして歴史が息づいています。
大河ドラマの舞台になった「えさし藤原の郷」や、ブラックホールの撮影に成功した「国立天文台 水沢VLBI観測所」があるのも、実は、ここ奥州市なのです。
そんな奥州市の水沢地区では、歴史ある地場産業として「南部鉄器」が有名。主に鉄鉱石からつくられる銑鉄が原料となっていますが、なかには砂鉄を使用した高級品も。
なかでも黒い鉄製の丸みを帯びた鉄瓶や急須は、一家に一台と言っても過言ではないほど、地域の人びとに親しまれてきました。
鉄器ならではの“ずしっ”とした高級感のある重みと、お茶の時間を見守る素朴な佇まいは、どこかなつかしい時代の情緒を感じさせてくれます。

水沢南部鉄器の軌跡を辿る

奥州市水沢(旧水沢市)の南部鉄器は水沢鋳物とも呼ばれ、1080年代に藤原氏が現在の滋賀県にあたる近江国から鋳物師を招いて鍋や釜をつくったことがはじまりとされています。
やがて、寺社・仏閣の部品作りも行うようになり、平泉文化の発展にも寄与。その後、室町、戦国時代と代々伊達藩の保護を受けて地域に貢献しながら、調理器具や農耕具をはじめとした、人びとの暮らしを守る生活用品をつくってきました。
1700年代には伊達藩(仙台藩)領内のみならず、隣接の南部藩(盛岡藩)領にまで販路を拡大していき、明治初期には東北一の産地となるまでに発展を遂げるほどに。
そんな水沢の南部鉄器ですが、現代の我々が知る有名な工芸品となるまでには、大きな試練もあったのです。

幾多の試練を乗り越えて、伝統に

1947年・48年の大型台風による大洪水で、当時羽田村(現:水沢羽田町)にあった工場は、なんとすべて浸水被害に遭ってしまいました。
さらに、翌年の1949年には、羽田村中心部を大火事が襲います。木造建築であった当時の建物に次々と延焼してゆき、鋳物工場の約8割が焼失してしまうという甚大な被害でした。
まさに弱り目に祟り目でしたが、これをきっかけに市内の鋳物業者が集結し、県内で別のルーツを持つ盛岡の南部鉄器職人たちと技術交流を持つことになるのです。
その後、水沢南部鉄器は盛岡南部鉄器と同様の製法を本格導入し、おなじみの風鈴や花瓶などの製作をスタート。
ほどなくして、両産地でつくられた鉄器を「南部鉄器」と呼ぶようになり、岩手県の名産品として広く知られるようになりました。

飛躍を遂げ、世界に羽ばたく南部鉄器

伝統工芸品は概して「古い」というイメージがつきがちですが、近代の南部鉄器は新しい生活に溶け込めるよう革新的なデザインのものも販売されているのをご存知でしょうか。
カラフルな着色を施した急須はカラーティーポットとして海外に定着、お洒落なスワローポットがミラノで開催された国際的なデザインコンペティションで受賞……と、海を渡った世界でも活躍しているほどです。
さらに、二刀流のプロ野球選手としておなじみ、ドジャースの大谷翔平選手が、ご自身の公式Instagramで、奥州市水沢の工房「及富」で作られている南部鉄瓶「みやび」を紹介したことでも話題になりました。
その人気ぶりはすさまじく、公式ECサイトはあっという間に在庫切れに。現在、及富のECサイトでは、受注生産品として予約注文ができるようになっています。

祭りを通して、遠い歴史に思いを馳せる

そんな南部鉄器の魅力を感じられるイベントのひとつが、「奥州市南部鉄器まつり」。即売会が催され、年に一度の特価で購入できる貴重な機会です。
ほかにもクラフト販売会やご当地ヒーローイベントもあり、大人から子供まで地元の方で大変賑わいます。一度足を運べば、南部鉄器をより身近に感じられることでしょう。
また、南部鉄器の歴史を伝える「奥州市伝統産業会館 キューポラの館」も必見です。実際にものづくりに使われてきた道具が展示されており、これまでの軌跡を見学できます。
伝統を守ってきた先人達の熱意に思いを馳せながら、現代にまで続く伝統工芸品の趣をじっくりと味わうことができるでしょう。

南部鉄器の風鈴が彩る音風景

南部鉄器の魅力を体感できるスポットはほかにもあります。
JR東北本線の水沢駅では、毎年6〜8月頃に南部鉄器の風鈴がたくさん吊るされるのが夏の風物詩となっているのです。鉄器が奏でる音色は、まるで本物の楽器のよう。一般的なガラス製の風鈴とはまたひと味ちがった澄んだ音がホームに響き、涼やかなサウンドスケープを演出するので、一聴の価値があるでしょう。
実際に工房をご覧になりたい方は、及源鋳造株式会社の「OIGENファクトリーショップ」にも注目です。予約制で、専門スタッフの方がガイドをしてくださいます。店内はセレクトショップのような内装で、トラディショナルなものからモダンなものまで、豊富なデザインの鉄器に出会えることでしょう。
ご紹介したスポットにご興味のある方は、ぜひ一度足を運んでみてください。きっと南部鉄器の奥深さを感じることができるはずです。

紡ぎ手:Sayuri Shirasawa

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