【石見焼】暮らしに寄り添う陶器のすがた【島根県 江津市】

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海に向かうまちで生まれる陶磁器

島根県江津市。島根県のほぼ中央にあり、中国地方最大の河・江の川が南北を流れるまちです。
市名である「江津」は、川の港を意味しています。昔はその名にふさわしく、大阪と北海道を結ぶ商船・北前船の寄港地として栄えたといいます。
現在も、江戸時代に建てられた商家の佇まいを見ることができ、タイムスリップしたかのような感覚を楽しめるノスタルジー溢れる風情が魅力的です。
また、江津市の風景を圧巻せしめるのは「石州瓦」の存在感も一役買っているといえましょう。石州瓦は兵庫県の淡路瓦、愛知県の三州と並び日本三大瓦と称されています。
質の良い粘土と職人の技が生み出す高い耐久性と寒さへの強さ、そして釉薬によって生まれる赤が特徴です。この赤瓦が彩る江津の町並は、均整のとれた美しさはもちろん、どこか勇ましさが感じられます。
今回ご紹介するのは、水と土の恵みのまち・江津市が生んだ「石見焼」です。「石見」とは、島根県の西側4市5町からなる地域を指します。
1994年に国の伝統工芸品として指定された石見焼。その姿は時代の流れに寄り添うように変遷しました。
まずは石見焼の誕生から見てみましょう。

はじまりの伝道師は異国の陶工

石見焼の起こりは江戸時代の初頭にさかのぼります。
1592年〜1610年の文禄・慶長の役に参戦した武士が、朝鮮の陶工・李郎子を日本へ連れ帰りました。その後、島根県にて陶器を作らせたことが石見焼の始まりといわれています。
李郎子は現在の島根県浜田市、鹿足群柿野村で活動していましたが、現地では優れた品質の粘土が採れました。これが石見焼の発展に寄与したのです。
時は流れて1765年、明治時代。江津市に本格的な陶器の製法が伝わったのはこのころです。
周防(現在の山口県)岩国藩の陶工・入江六郎によって、片口や徳利といった小さな陶器が作られました。また、1780年代には備前(現在の岡山県)の陶工によって、水がめに代表される大物陶器の製陶法が伝えられたといわれています。
水道が普及していない時代、汲んだ水を保管できる水がめは家庭の必需品でした。
石見の水がめは「はんどう」と呼ばれ、鉄道が発達した大正時代には全国各地へ届けられるようになりました。石見焼の名をさらに広めた立役者といえるでしょう。

石見焼の歴史と変容

明治時代、最盛期を迎えていた石見焼の窯は100軒を超えていました。
産業の近代化が急速に進む中、石見焼はその流れに沿うように変容していきます。
新しい技術やデザインが取り入れられ、諸外国の影響も受けたものになっていきました。
その後、戦後の日本は高度経済成長期へ。質の高い工業製品が流通し、古き伝統が作り出す陶器は一旦低迷を見せました。
しかし、さらに時を経て細やかな手仕事や創造性、独特の温かみが感じられる品々が見直されるようになりました。もちろん石見焼も例外ではありません。
石見焼の特徴は、何といってもその耐久性です。
石見焼で用いられる粘土は良質で、耐火性に優れたものでした。そのため1300℃を超える炎で焼成が可能で、とても丈夫な陶器に仕上げることができたのです。
また、耐酸性や耐水性も兼ね備えています。漬物用の容器や貯蔵用の容器としても重宝されるのは、こうした品質の高さによるものなのです。

石見焼を形づくる窯と技法

堅牢で生活に根ざした石見焼の陶器は「登り窯」で作られていました。
登り窯とは山の斜面に沿って設置された窯のことです。階段状にいくつもの焼成部屋が配置されています。
一番下の部屋で薪をくべることで上の部屋にも熱が伝わり、各部屋にいきわたる構造です。このため、多くの陶器を一度に焼成できる仕組みとなっています。
ガスや電気の普及によって窯の数は減少していますが、登り窯での焼成にこだわりをもつ窯元も存在しています。
また、石見焼を支える技法が「しの作り」です。
まず、ひも状にした粘土をろくろの上に円状に積み上げ、ろくろを回して平らにならします。土が半渇きの状態になったら新たに粘土を積み、さらに平らにならすという工程を繰り返します。
この技法には職人の技術が不可欠です。積み上げた粘土を継ぎ目が見えない状態に整えねばなりません。また、こうした繊細な技術に耐えられるだけの良質な土があってこそ、成立する技法といえるでしょう。
現在は、しの作りによって大型の水がめだけでなく、傘立てやテーブルセットなどのインテリアや、料理皿など日常使いできる陶器も多く作られています。

石見焼に出会える場所

江津市地場産業振興センターでは、石見焼の展示や販売がおこなわれています。暮らしになじむ、素朴な愛らしさをのぞかせる小型陶器のほか、保存用に使えるかめ、すり鉢など、さまざまな石見焼に出会えるでしょう。
また、同センターでは毎年11月に「石見陶器市」が開かれます。
この陶器市では石見地方の窯元が一堂に会し、それぞれ自慢の陶器をお披露目。お得に石見焼を購入できます。2日間に渡って開催されるので、ゆっくりとお気に入りを見つけるのも良いですね。
また、宮内窯では、伝統工芸士の指導による陶芸体験がおこなわれています。まったくの初心者やお子様でも参加が可能です。
体験で作るものは湯呑みやお茶碗ですが、希望に対応してくれます。
経験のない人にも取り組みやすい「手びねり」のほか、電動ろくろを使った本格的な制作まで教えてくれるので、石見焼の魅力を深く知る機会となるでしょう。
江戸のころから現代にいたるまで、時の流れとともにその形を柔軟に変えてきた石見焼。
人の暮らしを支える陶磁器として、その役目を淡々と果たしています。その根幹は揺らぐことなく、しかし時代のニーズに柔軟に対応するしなやかさも備えています。
今後も石見焼は、私たちの生活の中でその質の良さと味のある佇まいで存在感を放ち続けてくれるでしょう。

紡ぎ手:佐藤 恵美

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